じっこくの名の由来
山梨県南巨摩郡富士川町十谷(ふじかわちょう じっこく)
平成の大合併にて(旧 増穂町と旧 鰍沢町)誕生した富士川町、これと言った見所もないと思っていた為、40代までは気にも留めていませんでした。
ペンネームの由来は地名の「じっこく」から引用、その理由は後に語る「じっこく愛」で説明します(笑)
このブログの登場人物
妻、子供二人(男女成人)の4人家族。
写真のアイコンは30代の写真をスケッチタッチにしたもの。
現在は50代、痩せたブラマヨの小杉に髪型が似てます(笑)
妻、カオリン!
5年後のじっこくのカフェの料理長になるようです。
おせち料理は毎年手作りで、家族の胃袋をガッチリ握ってます!
富士山の山頂が輝くイメージのキャラクター、DiamondFUJI
のDIA君です! つっこみ担当です(笑)
十谷集落に移住して、宣伝活動を精力的に行う「里山コンサルジュ」の仙人、十谷を中心に撮影した旬の四季の写真は圧巻です!
仙人が移住のお世話をしたイギリス人のフランス氏、翻訳家でお琴を弾くという日本人見たいな陽気な方。
すべての始まりはキャンピングカーへの憧れ
27歳でキャンピングカーを手に入れる
長男が2歳になった頃から、そろそろ遠出したいなぁ・・と旅行誌を眺めていると、たまたま目についた「AUTO CAMPER」(AC誌)というキャンピングカーの雑誌、定期購買しているうちに思いはドンドン膨らみ、支払い計画も考えずに勢いで買っちゃいました。ベース車両はトヨタT-100というトラックを逆輸入(左ハンドル)、全長6m越えのじゃじゃ馬でしたが11年間、日本各地を旅しました。
キャンピングカーの車内を快適にするために始めた自作
当時は文系の会社員、今のようにネットも普及してなく、ハウトゥ書籍を見本にして太陽光パネルとサブバッテリー設備を自作で構築しました。車内家具もすべて特注品なのでベットのベースになるテーブルの天板など、1個2役の自作に知恵を絞りました。
こんな改造を繰り返しているうちに、すっかりDIYの魅力に取りつかれ、30代から子供の学習机やベットなど、自宅の家具作成にシフトして行きました。
その頃、読んでいたのが藤岡等さんの「日曜大工でわが家を建てた」という書籍、当時まだ、セルフビルドで家を建てる人は少なく、いつしか自分で別荘をセルフビルドするという目標がザックリ心中に芽吹きました。
キャンプ旅ではPキャンプと言って、気ままな駐車場泊、神社仏閣や温泉巡りをしているうちに歴史のある古い街並みや風情に心酔して行きました。
別荘作りに適した土地は・・
子供が中学生になり、部活メインになってから出番が減ったキャンピングカーを売却する決心がつき、ちょうど普及し始めたネットの個人売買で嫁ぎ先が決まりました。
その1年後に、転職で転勤、長野、千葉、茨城、東京と10年間、単身赴任になりました。
その間、別荘セルフビルド計画は漠然とし、仕事中のドライブで他県の景観を目にして記憶の片隅にストックしていました。
50代目前で再び転職、無事に山梨に戻って来られ、より山梨愛が深まりました。
山梨に戻って、別荘探しが復活、別荘は田舎が良い、自宅から1時間で通える範囲で案件をあさるも人気のある地域は到底、予算オーバー・・・うーん
導かれたように訪れた十谷集落にて・・
山梨で転職した仕事は通信設備のフィールドエンジニア、特に山中の作業が多く、十谷方面に向かうことも度々、ただ、集落の手前で引き返していたので、気にはなっていました。
ちょうどその頃、空き家バンクのサイトで十谷の案件が出て、プライベートで訪れてみると、記憶にストックしておいた古い街並みや風情がよみがえってきた。さらに、集落から徒歩で大柳川渓谷の遊歩道にアクセスできる。十谷温泉も近くにある。
一度、持ち帰り、十谷集落について調べてみました。
中でも大柳川渓谷は渓谷美が素晴らしい。しかも、遊歩道を整備して10の吊り橋を掛けてから、20年程しか経過してなく、圧倒的にアピール不足、自分が知らなかったというのもあるんですが、これ集客出来ると直感しました。
これから20年かけてやりたいこと・・
じっこくの空き家の契約も決まり、いよいよ、7月から作業を始めます。最初はセルフリノベーションという形でカフェとバックルームを自作し、5年後にカフェ開業、エクステリアを仕上げつつ、10年後は陶芸教室が出来る作業場兼体験施設を、基礎からセルフビルドしたい目標が出来ました。
集落の半数以上が空き家、温泉宿も1件しか営業していない逆境から、少しでも活気が出るように活動を始め、老後のライフワークにしたいと思います。
皆さん、応援よろしくお願いします!